神戸地方裁判所 昭和23年(行)38号 判決
原告 中田健二
被告 尾崎村農地委員会
一、主 文
原告の被告尾崎村農地委員会が昭和二十二年中別紙目録記載の農地につき定めた買収計画を取消すとの訴はこれを却下する。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、「被告尾崎村農地委員会が昭和二十二年中別紙目録記載の農地(以下本件田地と略称する)につき定めた買収ならびに売渡計画をいずれも取消す。被告小原実は、原告に対し、本件田地につき神戸地方法務局郡家出張所昭和二十五年二月十六日受付の登記申請書に基く所有権移転登記の抹消登記手続をしなければならない。訴訟費用は被告等の負担とする」との判決を求め、その請求原因ならびに被告尾崎村農地委員会の本案の抗弁に対し、次のように述べた。
第一、被告尾崎村農地委員会に対する請求原因
被告は、自作農創設特別措置法(以下自作法と略称する)により原告の希望を容れ、その希望通り原告所有田の中から選択して買収する意思の下に、昭和二十二年十月六日、原告所有の本件田地を買収の対象と表示して買収計画を定め、次いで同年中右田地を被告小原実に売渡す旨の売渡計画を定めたが、原告が買収を希望するところは尾崎村遠田字大田一二〇二番田四畝二〇歩外七歩畦畔であつたのを、同田は実測面積が二畝一二歩にすぎず、これに反し、本件田地は実測面積が四畝二〇歩であるので、両者を取違えてその表示を誤り、買収を希望しない本件田地を恰も買収を希望するかのように表示して、被告へ申出たため、被告も又原告が本件田地の買収を希望しているものと誤り、原告の希望を容れるつもりで、すなわち、「尾崎村遠田字大田一二〇四番二畝一二歩」は原告の買収を希望する現地「同所一二〇二番田四畝二〇歩」と登記簿上表示されている実測二畝一二歩の田地を表示するものと思違いをして本件田地につき買収計画を定めたのであるから、右買収計画は、その意思と表示が全く異り、要素に錯誤のある無効な行政処分である。又右買収計画が無効である以上、これが有効であることを前提として被告が本件田地を被告小原実に売渡す旨定めた前記売渡計画も無効である。よつて、原告は、被告が本件田地につき定めた前記買収ならびに売渡計画がいずれも無効であることを原因としてこれが取消を求める。
第二、被告小原実に対する請求原因
被告は、自作法により政府より本件田地の売渡を受け、それを理由として、本件田地につき請求の趣旨記載の所有権移転登記を受けたが、本件田地につき被告尾崎村農地委員会の定めた買収ならびに売渡計画はいずれも前記のように無効であるから、被告は本件田地につき自作法により所有権を取得したものといえない。よつて被告に対し前記所有権移転登記の抹消登記手続を求める。
第三、被告尾崎村農地委員会の本案の抗弁に対する答弁ならびに再抗弁
(一) 被告は原告の買収希望申出に関する錯誤は重過失に基くものであると抗弁するが、右抗弁事実は否認する。本件のように公簿面上の面積と実測面積とがくいちがつているときは、公簿面上の面積が「二畝一二歩外四歩畦畔」と表示されている本件田地を実測面積二畝二〇歩外七歩畦畔の同所一二〇二番の田地を指すものと信じるのは一般人として免れ得ない程度の不可抗力に準ずべき軽過失にすぎない。よつて被告の本抗弁は理由がない。
(二) 被告は行政事件訴訟特例法一一条の適用により本件買収計画を維持すると抗弁するが、原告は本件田地の代りに他の田地を被告小原実に対し解放する意思がある。よつて被告が本訴において敗訴すれば尾崎村遠田字大田一二〇二番田四畝二〇歩外七歩畦畔を買収すればよい。このように、本訴は、被告小原実のために本件田地を解放すべきや否やにかかり、専ら個人の利益を対象として争われているものであつて公共の福祉に関係がない。殊に行政事件訴訟特例法一一条は公共の福祉のため個人の権利をぎせいにする特別の場合に限り適用さるべき規定であるから、本件のような場合には該当しない。又被告は本件田地は強制買収の対象であるから何時でも買収できる旨主張するが、原告は同田を息潤が出征するに当つて同人が帰還するまでの間被告小原実に一時賃貸したもので同田が強制買収の対象にならないことは自作法五条六号、同法施行令一条により明かである。なお政府は近く農地の強制買収を廃止する意向とのことであるからこの点においても被告の本抗弁は失当である。
次に、原告は被告尾崎村農地委員会の本案前の抗弁に対し次のように答弁し、又抗弁した。
第一、出訴期間徒過の抗弁に対し
本訴は、形式上被告の定めた買収ならびに売渡計画の各取消を求めているが、その実質は、右の買収計画には要素の錯誤があるから当然無効であることを理由として、右買収ならびに売渡計画の無効宣言を求めているのである。したがつて、本訴には自作法四七条の二の適用はない。仮に本訴が行政処分取消の訴に該当するものとしても、原告は昭和二十三年五月中旬被告が本件田地につき定めた買収計画に錯誤のあつたことを発見した後、被告に対し、その是正を求めたが、被告は原告の要求を容れこれが是正をすべきであるのに不当に右要求を拒否した。かくて原告は被告が右要求を拒否したことが明かとなるまでは本訴を提起する義務がないものであり、被告の拒否の意思が明かとなつた昭和二十三年九月下旬後一月内に本訴を提起しているから本訴は適法である。又原告は、その責に帰すべからざる事由により、被告が錯誤に基く本件買収計画を是正するものと信じ且つその信じるにつき正当な理由があつたから、その間出訴しなかつた次第であつて、行政処分のあつたことを知らなかつた場合に準じて考えるべきである。
第二、訴願前置主義違反の抗弁に対し、
本訴は、原告が錯誤により買収計画に表示されている本件田地が原告の買収を希望する実測面積二畝一二歩の同所一二〇二番田四畝二〇歩を指すものと信じていたので買収計画に対する異議の申立をしなかつたため昭和二十二年十二月二日本件買収計画が確定し、同日兵庫県知事発行の買収令書の交付を受けたもので、異議訴願の手続をすることができなかつた場合であるから、この手続を経ないで提起した本訴は違法ではないと述べた。(立証省略)
被告尾崎村農地委員会指定代理人は、先づ、本案前の抗弁として「原告の訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、その理由として次のように述べた。
一、原告は本訴において被告が本件田地につき定めた買収ならびに売渡計画の取消を求めているが、かかる訴は自作法四七条の二の規定により処分のあつたことを知つた日から一月内又は処分のあつた日から二月内に訴を提起しなければならないところ、本件買収計画は昭和二十二年十月六日樹立され原告が買収計画樹立の事実を知つたのは同年十二月であるから原告は遅くとも同二十三年一月中にその取消の訴を提起しなければならず、又本件売渡計画は昭和二十二年十二月二十日公告しているから原告が売渡計画樹立の事実を知らなかつたとしても右公告の日から二月内にその取消の訴を提起しなければならない。したがつて本訴は出訴期間経過後提起されたもので違法であるから却下さるべきである。もつとも原告は正当な事由、すなわち、被告において買収計画樹立に錯誤のあつたこと、および右錯誤事実発見後被告にその是正を求めたが被告がこれに応じなかつたことにより出訴期間内に提訴することができなかつたものとして行政事件訴訟特例法五条三項但書の規定により疎明しようとしているが、原告が本件買収計画樹立の事実を知つたのは昭和二十二年十二月であり、原告はその知つた日から一月内に提訴することを要し、右出訴期間は行政事件訴訟特例法五条二項により不変期間とする旨定められているから買収計画の取消を求める本訴には同法五条三項の但書の適用はない。又被告が買収計画の樹立にあたつて錯誤のあつたこと及び原告が錯誤事実発見後被告にその是正を求めたことは否認する。錯誤はむしろ原告側にあり、しかも原告主張のような理由は右規定にいわゆる正当な事由に該当しない。蓋し、もしこのような理由が正当な事由に該当するならば出訴期間に関する規定はその必要なきに帰するであろう。
二、仮に右抗弁が認められないとしても、本訴は行政事件訴訟特例法二条自作法七条一九条により異議申立、訴願についての決定或は裁決を経た上でなければ提訴できないものであるにも拘らず、原告は異議申立又は訴願をしないで提訴しているから本訴は違法として却下さるべきである。
三、本訴は形式的には行政処分の取消を求めているが、原告主張の請求原因事実よりみて仮りに行政処分絶対無効確認を行政処分の取消という形式で求めているものであるとしても、公の権威ある認定によつて行政処分の無効であることが明かにされるまでは客観的には有効であるかの如き形態を以て行政処分が存在し、成立しているものと解されるので、本訴はやはり広義の行政処分の取消を求めるものであつて、その限りにおいて行政訴訟特例法の適用を受けるものというべく、この場合においても前記出訴期間徒過、訴願前置主義違反の抗弁を援用し、本訴は違法として却下さるべきである。
次に本案につき「原告の請求を棄却する」との判決を求め、答弁ならびに抗弁として次のように述べた。
被告が原告の希望の田地を買収する意思で本件田地の買収計画を定めたこと、本件田地と同所一二〇二番の田地が原告主張通りの実測面積であり、原告の買収を希望していた田地が後者であることは認めるが、本件田地の買収は現地につき計画を定めたのでなく、原告の希望が初から誤つて表示されたため、その表示に従い買収計画を立てたのであつて、被告としては錯誤はない。錯誤の主体はむしろ原告である。しかも、被告は農地改革が円滑に進捗するために買収計画を樹立するに当つて農地の所有者より買収希望地を申出させ参考にしているが、元来自作法による買収処分は私法上の承継取得を結果するものでなく収用的色彩の原始取得を効果するもので買収すべき農地の選択権は被告にあるものである以上農地所有者の買上希望は買収の前提となる法律上の要素ではないから、たとえその点に原告の要素の錯誤があつたとしても、それが被告の買収計画樹立処分に直接影響を与えるものではない。仮りに原告の買上申請が農地買収計画樹立処分に直接影響を与えるものであるとしても、原告は自ら農地の所有権を政府の原始取得に帰せしめようとする重要な法律行為である買上希望を申出るに当り、その農地の表示が原告の買収を希望している農地と一致しているか否かを確かめる必要がある。したがつて原告の叙上買上希望の申出に存する錯誤には重大な過失があつたものといわねばならないから、原告は自らその無効を主張し得ないものといわねばならない。したがつて本件買収計画は適法である。
仮に本件買収計画が違法なものとして取消されたとしても、本件田地は自作法三条一項二号に該当するものとして同法六条の五の規定により買収さるべきものである。すなわち原告が現在所有する農地のうち昭和二十年十一月二十三日現在小作地であつたものは左の通りである。
(イ) 尾崎村遠田広向手 一一五七 田 八畝四歩
(ロ) 〃 一一五八 〃 一反二四歩
(ハ) 〃 一一六二 〃 二九歩
(ニ) 〃 一一六六 〃 八畝二二歩
(ホ) 〃 一一六七 〃 八歩
(ヘ) 同村遠田大田 一一七六 〃 一畝六歩
(ト) 〃 一一七七 〃 一四歩
(チ) 〃 一一七八 〃 二畝七歩
(リ) 〃 一一七九 〃 九畝八歩
(ヌ) 〃 一二〇二 〃 四畝二〇歩
(ル) 同村新村文蔵 四九七の二 〃 八畝一九歩
計 五反五畝一一歩
今これに本件田地を加えれば五反七畝二二歩(現況五反七畝九歩)となる。そして本件田地は昭和二十三年まで被告小原実が小作しており、その後一時原告により農地調整法九条三項の知事の許可を得ず解約されて原告が耕作したことがあるが、この解約は無効であり、本件田地の売渡後再び被告小原実が耕作しているものであつて買収計画が取消されたとしてもなお同被告が賃借権に基いて耕作している農地である。したがつて本件田地が再び買収の対象となり買収されることは明かである。そもそも農地改革は急速且つ広汎に自作農を創設し、農村の民主化と農業生産力の増強という目的のために行うものであつて等しく買収され、売渡される結果となるものを違法を理由として買収ならびに売渡計画を取消し再びその手続を行うことは公共の福祉に適合しないものである。よつて行政事件訴訟特例法一一条によつて請求棄却の判決を求めると述べた。(立証省略)
三、理 由
先ず被告尾崎村農地委員会が昭和二十二年中本件田地につき定めた買収計画の取消を求める訴について。
原告は、被告は原告の希望を容れ、その希望通り原告所有田中より選択して買収する意思の下に、原告が実際に買収を希望するところは遠田字大田一二〇二番田四畝二〇歩であつたのを同田は実測面積が二畝一二歩にすぎず、これに反し本件田地が実測面積四畝二〇歩であつたので両者を取違えてその表示を誤り、買収を希望しない本件田地を恰も買収を希望するかのように表示して被告に申出たため、被告は「大田一二〇四番田二畝一二歩」は、原告の買収を希望する現地「同所一二〇二番田四畝二〇歩」と登記簿上表示されている実測面積二畝一二歩の田地を表示するものと思違いして、原告の買収を希望しない本件田地を買収の対象と表示して買収計画を定めたのであるから、右買収計画はその意思と表示とは全く異り要素に錯誤ある行政処分である。よつて右買収計画は無効であるから、本訴においてその無効宣言を取消の形式で求める。と主張するのであるが、行政行為(行政庁のなす行政行為)が要素の錯誤によるものであつてもその錯誤はただそれだけでは当然に行政行為の無効又は取消の原因とならず、その行政行為の表示する内容が法に違反するか否かによつてその行為の効力を決すべきであり、原告本人の供述とその供述により真正に成立したものと認められる乙第一号証とを綜合すると、被告は原告が買収を希望するところは現地「大田一二〇二番田四畝二〇歩」と登記簿上表示されている実測面積二畝一二歩の田地であると知つていて、すなわち同田の現地につき原告より買収希望の申出を受け、「同所一二〇四番田二畝一二歩」が原告の希望する右田地を表示するものと思い違いして本件田地を買収の対象と表示して買収計画を定めたものでなく、原告から本件田地を買収希望農地と表示して申出たため、その表示に従い、本件田地を原告が買収希望しているものとして本件田地につき買収計画を定めたものと認められるから、(乙第二号証によれば、被告委員会会長大畑徳五郎が原告と被告小原実間の農地賃貸、売渡等に関する約束に立会つておるが、同号証は前記原告の供述に照しいまだこの認定の妨げとはならない)原告の主張するところは、これを要するに、原告は本件田地を買収希望農地と表示して被告に申出たため、被告は自作法三条五項七号(本件買収計画当時は六号―以下同じ)の規定によりその買収希望に応じ申出通り本件田地につき買収計画を定めたが、原告の右買収希望の申出は要素の錯誤により無効であるから結局被告は所有者が政府において買収すべき旨申出ていない本件田地につき前記法条により買収計画を定めたというに帰する。そこで進んでかかる買収計画の効力につき考究してみるに、自作法三条五項七号にいわゆる所有者の買収申出は買収計画の樹立に対し都道府県知事の買収令書交付処分に対する都道府県農地委員会の承認、同承認に対する市町村農地委員会の買収計画樹立処分の如き後行行為に対する前行行為としての関係にあるものではなく、所有者の買収申出があつたときは、前記法条により政府においてその農地を買収し得る買収適格性を当該農地に付与するものであつて、農地の買収適格要件の一種と解すべきこと恰も同条一項又は五項各号に規定された各種の農地の買収適格要件と同一であるから、当初より形式的にも所有者の買収申出がなく、買収適格要件を欠くことが極めて明瞭な場合は格別、本件の如くそれが要素の錯誤による申出であつたため無効であるとはいえ、一応形式的には原告より本件田地を買収希望農地と表示して買収の申出があつたのであるから、被告が右申出に基き自作法三条五項七号により本件田地につき定めた買収計画は買収適格要件存在に関する認定に誤りがあつたものとして、当然無効な行政処分ではなく、違法な取消し得べき行政処分と解すべきことこれ又恰も前記各種の買収適格要件の存在を誤認して定められた買収計画が、その要件の不存在が一見極めて明瞭な場合を除き、当然無効な行政処分ではなく違法な取消し得べき行政処分と解されているのと同一であるといわねばならない。しかも、被告が本件田地につき買収計画を定めたのは昭和二十二年十月六日であることは原告の自認するところであるから、原告は遅くとも自作法附則(昭和二十二年法律二四一号)七条二項により同法の施行された昭和二十二年十二月二十六日から二月内に右買収計画の取消を求める訴を提起すべきところ、本訴は右期間経過後の昭和二十三年十月十九日に提起されたものであることは本件記録に徴し明かであるから、本訴は出訴期間経過後に提起された違法な訴として却下すべきである。
原告は、本訴は正当な事由により右出訴期間内に訴を提起することができなかつたものであるから、行政事件訴訟特例法五条三項但書により救済されると主張するが、前記出訴期間は同法施行の日である昭和二十三年七月十五日以前にすでに満了しており、当時の出訴期間に関する一般規定である昭和二十二年法律七五号八条によれば正当事由を以てしても出訴期間の徒過はこれを救済することができず、したがつて本訴は行政事件訴訟特例法施行前すでに提訴が許されない状態にあつたのであるから、同法附則二項但書により、同法五条三項但書に該当するものとしてもこれを救済することはできないものである。よつてこの点の原告の主張は採用できない。
次に被告が本件田地につき定めた売渡計画の取消を求める請求ならびに被告小原実に対する請求について。
原告がすでに本件田地につき被告が定めた買収計画の取消を求め得ないことは前段認定の通りであるから、これが無効であることを前提とする原告の叙上請求はいずれも失当として棄却すべきである。
以上の理由により訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、九五条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 石井末一 西川正世 北後陽)
(目録省略)